祭りの後から祭りの前

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    温泉祭りから始まった胎内の祭り月間が終わりました。
    今年は、神輿がお目見えしたり、選挙の告示と重なったり、
    いろいろ賑やかでしたね。

    そんな中、胎内検定実行委員会でも、
    祭りの最中は人が動くということで、
    しっかり検定のPRをさせて頂きました。
    黒川祭りと中条祭りの民謡流しに、
    出来たてののぼり持参で出動。

    中条JCさんにお世話になり、
    屋台を借りてのぼりとポスターを飾らせて頂きました。
    青いはっぴが中条JCさん。
    写真は中条祭りの様子です。
    RIMG0058.JPG
    実行委員にもJCメンバーがいますし、
    昨年もご当地まつりでご協力頂きました。
    またやらにゃん隊の6月の調査会でも、
    中条JCさんのバルーンに思いを乗せてという事業に参加させて頂きました。
    10月の本番もよろしくお願いします(^^)

    こちらは検定メンバー
    RIMG0059.JPG
    写真撮影者を含め5名が参加ですが、
    他の会での参加もあわせると実行委員会は14名が民謡流しに参加しておりました。
    いつもながらですが、
    実行委員会は他の会でも活躍しているメンバーが多いです。
    当日はかなりの人出(2000人位?)で賑わい、
    祭りの前夜祭を盛り上げておりました。


    ところで、ちょっと検定らしく
    この中条祭りの話を少しさせていただきますと、
    特徴は、古くからある台輪と山車です。
    台輪は、今から240年前頃会津から移り住んだ会津屋源八氏により
    台輪と神輿が寄進されたのが始まりだそうです。
    その後、1862年に村上の名工山脇三作に氏によって作られたのが、
    現在の台輪。150年程の歴史があるんですね。
    この台輪には猩猩(しょうじょう)様という想像上の妖精が乗っています。
    台輪の猩猩様はお酒を振舞うという意味もあるそうです。

    山車は明治中期頃から始まったといわれます。
    珍しいのが芸者が載っていること。
    この云われは、明治初期に今の新栄町に新町という町を作り、
    市内各所にあった遊郭を集めて花柳界にしました。
    新町には当時100人もの娼姑がいたと言われています。
    その人たちは年に一度しか新町から出られなかったそうです。
    一方、芸者さんたちはそのような制限はなく、
    自由だったので山車にまで乗り込んでPRをしたというのが、
    始まりだそうです。
    なじみ客へのあいさつ回りや
    新人芸者のお披露目も兼ねていたようですね。
    芸者を山車に乗せ、手踊りをさせて
    町内を巡る祭りというのは、
    中条で生まれた私にとっては
    当たり前のように思っておりましたが
    全国的には大変珍しいようです。

    胎内検定としてもこの祭りは、
    全国に発信して行きたいと考えておりますので、
    問題にできないものかと思案しております。

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